「解決金」名目で金銭を支払ったとしても、直ちに源泉所得税の納付義務が免除されるわけではありません。毎月の給料から源泉所得税を控除して納付しなければならないのと同様、解決金が賃金としての性質を有している場合は、源泉所得税を納付する必要があります。
労働審判手続で慰謝料のみ請求されているような場合であれば、解決金全額が慰謝料としての性質を有すると考えられます。残業代のみ請求されている場合は、解決金全額が賃金としての性質を有していると考えられます。解雇無効を理由とした地位確認、通常の賃金の請求、残業代請求、ハラスメントを理由とした慰謝料請求が合わせてなされている労働審判事件の解決金の性質は一様ではなく、様々な趣旨が混在していると考えられます。
課税リスクを考えると、会社としては、解決金から源泉所得税相当額を控除して支払いたいところですが、労働者側に現実に支払われる金額であることを前提として解決金の額が定められることは珍しくありませんので、調停条項に源泉徴収に関する定めがないのに労働者側の同意を得ずに一方的に源泉徴収することはお勧めできません。労働者側の同意を得ずに一定額を控除して解決金を支払った場合、不足額について差押えを受ける等のリスクが生じます。
調停条項に「解決金○○万円から源泉所得税相当額を控除して支払う。」と定めた場合、会社側が支払うべき金額が調停条項上明らかでありませんので執行力がないものと考えられます。労働者側がこのような調停条項で調停に応じてくれればいいのですが、難しいケースが多いでしょう。
調停条項に源泉徴収について定める場合、「解決金○〇万円から源泉所得税○万○○○○円を控除した金額〇○万○○○○円を支払う。」とすれば支払うべき金額は明確ですので執行力は失われないと考えられます。しかし、源泉所得税の計算を間違えることになるかもしれませんし、労働審判委員会がこのような条項を入れることに難色を示すかもしれません。少なくとも、解決金全額をそのまま振り込むことにした場合と比較して、調停がまとまりにくくなることは間違いありません。このような問題をクリアできるのであれば、「解決金○〇万円から源泉所得税〇万○○○○円を控除した金額○○万○○○○円を支払う。」という条項を入れた方がいいと思いますが、源泉所得税に関する記載が原因で調停がまとまらないようでは本末転倒です。
おすすめの対応は、源泉所得税の課税リスクを会社が負うことを前提として解決金の額を決め、解決金から源泉所得税を控除せずに満額振り込んで支払う方法です。振り込むべき金額を明示することで調停がまとまりやすくなりますし、源泉所得税の課税リスクについては解決金額の調整で対応することが可能です。
まずは、「解決金」名目の支払であっても賃金としての性質を有しているのであれば、源泉所得税の支払義務を免れられることはできないことを理解することが重要です。それを理解した上で選択した対応であれば、会社の利害得失を考慮した上での決断になりますから、どのような結果になっても予想外の負担ではなくなります。